テルミン発明100周年記念マトリョミン製作記

 テルミンがこの世に現れ今年で100年。マトリョミンは試作一号機が2000年に、量産モデル(ME02型)が発表されたのが2003年。発祥の地ロシアはサンクト・ペテルブルグから遠く離れた日本でテルミンのバリエーションが20世紀の終わりに生まれ、その後、独自のカルチャーを育んできました。日本にテルミンが根付き、ローカル化し発展したことの一つの表れだと思います。


 100周年記念モデル”100th AU"のデザインと絵付けを担当された方にお話を伺いました。(2019年10月)

Mandarin Electron(以下、ME):テルミン発明100年を記念し、弊社では限定マトリョミンを企画しました。デザインを担当してくださったのが山本奈央さんで、絵付けを担当されたのがこきちやのまめこさん。まずデザインを担当された山本さんに伺います。どのようにこの企画は始まったのですか?

 

山本奈央(以下、山本):レッスンの際に竹内先生からお声掛けいただき、100周年を華やかにお祝いする「金色」というメインテーマをいただきました。

 

ME:金色ってあまりマトリョーシカには使わない色ですよね。たしかにおめでたい感じはしますが、実際にデザインするにあたって金色っていかがでした? いろんな意味合いもついて回ると思いますし、やりかたによっては悪趣味になってしまいそうです。

 

山本:金色はデザインとしては難しい課題でした。普段の仕事でも金色を使うときは特に気を使いますし、質感や見え方など、二次元ではなく三次元の仕上がりを想定しながらデザイン制作をします。でも最初から金色のマトリョミンって想像しただけで、ワクワクが止まらなくなりまして笑…夢中になってデザイン制作しました。金色は合わせる色によってもイメージが随分変わるので、ロシア的かつ上品で気品のあるマトリョミンを目指しました。ロシアの建築物やマトリョーシカの歴史、また日本における金色の歴史なども調べて参考にしました。

 

ME:デザイン案をそれはたくさん見せていただきました。どれも思いつきで描いたものでなく、何かを想起させる要素があり、説得力がありました。金色というお題でしたが、返ってくる答えはある程度の幅の中で、実に多様でした。普段のデザインのお仕事の中でも、こういう連想とか、何かとの紐付けとかってされているのでしょうか?

 

山本:普段の仕事よりは、自分が欲しいマトリョミンへの熱が強かったかもしれません笑。デザインは視覚伝達のメッセージなので、何を伝えるか、何が伝わるかを考えて制作します。見た人が何を連想するかをコントロールしますが、それを超えて、ただ自分の欲しいものを追求してしまい、デザイン案が増えてしまいました。

 

ME:デザインって訴求する幅をどれくらい狭くするかが重要で、とても難しいと感じています。一昔前にくらべ、全体に訴求幅はずいぶん狭くなった実感があります。そうなると単なる独りよがりに陥ってしまい、多くの人に共感してもらえない。今回の山本さんのデザインは多くの心に触れる広さも兼ね備えています。このあたりについて、どうお考えですか?

 

山本:そう言っていただけるとデザイナー冥利につきます。私は訴求幅は狭ければ狭いほど強く、広いほど弱くなると考えています。今回の案は私の中ではどちらかと言えば広くしたデザインでした。マトリョミンというだけでニッチではありますが。私は今回の限定デザインはテルミン発明100年が多くの人に分かりやすく伝わることも重要と考えていたので、全く見たことのない新しいもので注目を集めるか、背景や歴史を感じられる新しいものか、でした。金色のマトリョミンがすでに新しさの要素があるので、伝統的なモチーフを取り入れてバランスを取った形です。

 

ME:ありがとうございました。よく分かりました。

 

ME:絵付けを担当されたこきちやのまめこさんにお聞きします。デザイン案をはじめて見たときの印象はいかがでしたか?

 

こきちや まめこ(以下、まめこ):黄金のマトリョミン!?という驚きが第一印象でした。私はこれまでマトリョミンやマトリョーシカを絵付けするとき、金色を模様の一部など部分的に使うことはありましたが、全面的に金色を塗ったという経験はありませんでした。金色といっても派手な印象はなく、ロシアの宮殿や皇族のドレスのような、品の良い華やかさを感じてすごく素敵だと思いました。ただ、自分が実際に絵付けするとして、特に模様やロゴの部分を、デザイン画の通りに描けるかどうか少し不安も感じました。

 

ME:金色と一口に言っても様々な色味がありますね。どのようにしてデザイナーの山本さんのイメージと、実際の絵付けを近づけていったのですか?

 

まめこ:パソコンの画面上だと、モニターによってそれぞれ見えている色が違うことが多いですので、どうやって色味のことを相談したらよいかと考えていました。そうしたら、山本さんが、いくつかの金色の絵の具を小さい紙に塗った色のリストを3つ作って、竹内先生と私のところに郵送してくださいました。アナログですが、そうやって紙の実物を見ながらやりとりできたのが、とても有効でありがたかったです。「この色はすこし金ピカ過ぎるのでは」「もうすこし黄色味を抑えたほうがいいのでは」などやりとりを重ねました。竹内先生からテーマとしてお聞きしていた、ある戦国武将のイメージの金色に近づくように相談して色味が決まりました。実際に木に塗ると色味が変わるかもしれない、乾いてニスを塗るとまた色味が変わるかも、ということも話し合って、とにかく塗ってみることになりました。色見本を見ながら色を調合して、白木のマトリョミンに試し塗りし、写真を山本さんに送って確認していただきました。

 

ME:それがもっとも原始的ですが、同じものを見ているので、ほとんど差は生じないでしょうね。

とても細かい模様もありました。細部まで描き込まれていて、塗り作業には相当時間を要したのではと拝察しています。お一人ですべての工程をこなされたのですか?

 

まめこ:サンプルの絵付けをしたところ、一体を塗り終わるまでに正味12時間ほどかかりました。サンプルの後は、数体ずつまとめて絵付けすれば、作業時間は若干スピードアップできそうでしたが、集中力が要る作業になりますので、助っ人を頼みました。こきちやとして一緒に活動している妹(さるこ)が駆けつけてくれて、まず下絵を10体分、一緒に描きました。そして下絵を描いたマトリョミンを二人で分け合ってそれぞれの家に持ち帰り、各自で絵付け、ニス塗りまで行いました。妹と「髪の毛を塗った」「黒×金のモデルも可愛い」等、お互いの作業の写真を送りあって共有しながら作業を進めました。

 

ME:12時間/一体とは時間がかかりますね。その時間のあいだ集中力を欠かないでいるのは並大抵のことではないと存じています。妹さんのご協力も得て、完成したのですね。ありがとうございました。

今回テルミン発明100周年を記念する限定モデルのマトリョミン絵付をされました。まめこさんもテルミン100年の歴史に関わったわけですが、一連の作業を振り返って、テルミン発明100年の歴史や、これからのテルミンの発展について思われるところは何かございましたか?

 

まめこ:私はマトリョミンと出会って約7年になります。こんなに夢中になれる楽器に出会えたこととテルミン博士の発明に感謝しています。いつか限定モデルのマトリョミンに関われたら…と漠然と思っていましたが、100周年を記念する限定モデルのマトリョミンを絵付けすることができるなんて、7年前の私は全く想像していませんでした。本当に嬉しくて光栄に思いましたし、その分気合いが入りました!山本さんのデザインが、伝統的な要素も入った長く愛されるようなデザインだと感じましたので、絵付け担当としても、長く愛用していただけるように絵付けとニス塗りをていねいに行いました。特に100年のロゴを描くときは気持ちがこもりました。次の100年後、200周年記念マトリョミンがもし制作されるとしても私は関われませんが、100年後に楽しんで演奏しているひ孫世代の人々を想像すると楽しいですし、私もまずは次の世代に、この楽器がすごく面白くて奥深いんだよということを伝えていけたらと思っています。

 

ME:お二人ともありがとうございました。