テルミン演奏には30年以上取り組んでいますが、飽きることがありません。
鍵盤やフレットといった音の高さの基準が楽器の側になく、僅かな動作にも敏感に反応する演奏特性が特徴です。狙いどおりの音が奏でられることは稀で、故に思い描いた音が奏でられた時の快感といったらありません。
ここで一度、これまで私が取り組んできた30年間を振り返ってみます。
1993年ロシアに渡り、テルミンの発明者であるレフ・テルミン博士の血縁で愛弟子のリディア・カヴィナ先生にテルミン演奏法を師事。
2003年、テルミン演奏の普及を求め、マトリョーシカ型テルミン「マトリョミン」を開発。
2013年、マトリョミンの大合奏で「ギネス世界記録」を樹立(「最大数のテルミン演奏」において。272名, 2019年に289名で更新)。
2016年、コンサート出演中に脳出血を発症。右半身に麻痺が残る。
2022年、右手と左手の役割を入れ替え、「左利き」奏者として再起を図る。
2024年、立位でのテルミン演奏に取り組み始める。
「テルミンなど楽器未満であり、まともな演奏ができるはずがない」
私がテルミンに取り組み始めた当時、そう考えられていました。その先入観を覆すべく励み、求める人には演奏法を教え、マトリョミン演奏による大合奏の世界記録も樹立できました。
2016年のクリスマス・コンサート出演中に脳出血発症するまでの間、私は自分のためにテルミンを弾いていました。しかしあの日から、テルミンを弾く意味を新たに見つけました。脳卒中後遺症で片麻痺を患った人のリハビリや、認知症予防にマトリョミン演奏を活用しようと考えたのです。
マトリョミンは片手だけで弾けますが、講師が受講生の手を取り、演奏動作に直接介入できます。こんなことができる楽器はマトリョミンの他にありません。演奏の勘所が掴めてきたら、隣に座る講師は演奏動作を示すことで演奏ガイドできます。間接的な視覚によるガイドで、メロディを「脱線」させることなく、自律演奏できるよう誘導するのです。
私自身、並行して新たなチャレンジにも挑んでいます。
脳卒中後遺症で右半身に麻痺が残っていて、まっすぐ立つのが難儀です。僅かな動作にも敏感に反応するテルミンにおいて、身体の揺れは演奏を揺るがします。一時はテルミン演奏からも遠ざかっていましたが、利き手の役割を左右入れ替え、「左利き」テルミン奏者として再起を図りました。リハビリの主治医に鼓舞され、新たな心強い協力者も現れて、立位(立って弾く)に挑んでいます。
私がこうまでしてテルミン演奏にこだわる理由は、思い描いた音が奏でられた時の快感が忘れられないからです。あの音をもう一度耳にしたい。その思いが、私のリハビリを前進させています。これが何よりの「報酬」に繋がるのでしょう。テルミン博士の発明は、いったいどこまで私の夢を拡げていってくれるのでしょうか!
2025年 乙巳の年に、竹内正実