テルミン、マトリョミンコンサートにお越しの皆様へ


 皆さん、本日はようこそ私のコンサートにお越しくださいました。
 電子楽器テルミンや私について、以下に簡単にまとめました。開演までのお時間、よろしければご覧ください。

 テルミンはロシアで発明された世界最古の電子楽器。アンテナから電波が放たれていて、手を近づけたり遠ざけたりして、音の高さや大きさを変えて奏でます。アンテナから手の距離と面積に反応します。具体的には手とアンテナの間の空間に蓄えられた静電容量を変えており、そのことが内部の発振器に作用します。二つの発振器のうち一つは周波数が固定されており、片方は静電容量の変化に応じて変動します。手をアンテナに近づけて最高音が鳴る時、二つの発振器の周波数差は最大になり、手を遠ざけて音が下がり切って発音しなくなる時、二つの発振器の周波数差は「0」。二つの発振周波数は一致しています。二つの発振器の周波数差「うなり」から音を作っており、「ヘテロダイン」もしくは「ビート・フリーケンシー」と呼ばれる古典的な電子発振方式です。原理的には旧式のラジオ受信機の同調回路(検波)と同じです。

 私、竹内正実は1993年ロシアに渡り、電子楽器テルミンの発明者の血縁で愛弟子のリディア・カヴィナ先生にテルミン演奏法を師事しました。2001年には映画「テルミン」が日本国内で再上映されるや話題になり、これがきっかけでテルミン演奏を始めた人は多い。テルミン演奏の普及を求め、マトリョーシカ型テルミン「マトリョミン」を開発。2013年にはマトリョミン合奏でギネス世界記録を樹立しました(「最大数のテルミン演奏」において。272名。2019年に289名で更新)。

 2016年、コンサート出演中に脳出血を発症。一命は取り留めたものの、後遺症で右半身に麻痺が残りました。1mm手を動かせば1mm分だけ音の高さが変わる敏感な演奏特性が特徴のテルミンですが、利き手が麻痺したのでは演奏家として致命的で、テルミン演奏はできないと周囲は考えていましたし、私もそう思っていました。

 コロナ禍の中、2021年にもコンサート出演していました。テルミン演奏は弟子に任せ、片手だけで弾けるマトリョミン演奏を担当し、プロデューサー、指導者として関わりました。2022年の年明け頃、私の代わりにテルミンを弾いた弟子から、私の代役として演奏したくないと申し出がありました(濱口さんではありません(笑))。演奏のしつけ方も「竹内式」を求めましたが、身体性の高いテルミンを他人の感覚を想像し、他人のロジックで弾くなどできるはずがないのです。頭を切り替え、誰かに頼るのでなく、自分の音は自分にしか奏でられないと、自らの手でテルミンを弾くことを決意しました。右手は麻痺が残っていますが、左手は健常。麻痺した右腕も音量制御であればできるかもとの期待もありました(甘い見通しでした)。利き手の役割を入れ替えてのテルミン演奏など前例がなく無謀だと言われましたが、これに賭けてみました。
 2022年の春頃、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の「大河紀行」におけるテルミン演奏の打診が寄せられました。左利きテルミン奏者としてどこまでできるか未知数でしたが、「大河紀行」の作曲は素晴らしく、なんとしてもやり遂げたいと引き受けて、それは死ぬ気で練習しました。
 2022年の秋頃から「武者修行ライブ」と称して、自らにプレッシャーをかける目的で、路上でも弾きました。左手でピッチを掴む勘所は掴めてきましたが、麻痺した右手は思うように動かせません。重力の存在を強く感じ、腕がとても重い。麻痺側の手を制御することが健常側の手にも影響を及ぼし、ピッチ精度も低下させます。それでも使っているうちに、牛の歩みのようでじれったいですが、両手を使って演奏できるようになってきました。2022年の年末には大阪と東京でバンド編成も交え、「復活のライブショー」と称したコンサートを開催しました(正直に申し上げれば、未だ「復活」できていませんでした)。

 なぜそうまでしてテルミンなのかと問われます。
 リハビリにも取り組んでいますが、下肢(足)に対し、上肢(手腕)の状態の方が良くなっています。麻痺を自覚したころ、動作に敏感に反応するテルミン演奏はできないと考えていました。かつて奏でた音の記憶が耳の奥底に残っていて、再びこの手で奏でたい思いは捨てられません。テルミンやマトリョミン演奏に取り組むことが、私の場合なによりの「報酬」に繋がり、リハビリを前進させたのでしょう。リハビリは祈っているだけでは1mmも前に進めません。使わないことによる後退の方が速い。本気で取り組んだ結果として、ほふく前進の一歩を進める実感です。
 聴覚の中でも音の高さの感覚はとびきり敏感ですが、「快」のレンジはとても狭い。刺激が直接「情動」に作用するのはテルミンやマトリョミンならではの演奏特性ですが、この特性を認知症予防に活用することにも取り組んでいます。眠れる脳は内発する「興奮」によってしか、目覚めさせることはできないと考えています。

 30年前にテルミン演奏に取り組み始めた頃も、楽器未満のテルミンで音楽などできないと考えられていましたが、できました。人生やってみないと分からないことばかりです。私の最大の特徴は粘り強く取り組めること。麻痺した手で弾けるはずがないとささやく声も聞こえてきますが、こつこつ地道にやって、いつかそれも覆します。
 今日現在の、できる限りを弾きます。コンサートをどうぞお楽しみください。

 

2024年4月21日 竹内正実

【演奏予定曲目】
M1 星に願いを
M2 修道院の庭で
M3 カロ・ミオ・ベン
M4 ひばり
M5 Ave Maria(バッハ・グノー)
M6 ジュ・ト・ヴ
M7 A little gift for Lyuba
    <休憩20分>
M8  Amazing Grace
M9 いのり
M10 夕焼け小焼け
M11 ラシーヌ賛歌
M12 Ave Maria (カッチーニ)
M13 コンドルは飛んでいく
M14 モスクワ郊外の夕べ

出演:竹内正実(テルミン), 濱口晶生(テルミン、マトリョミン), 尾松明子(マトリョミン), 髙橋麻乃(ピアノ)